作品紹介
日本語と韓国語。同じ意味の言葉でも、心に届く温度は少し違う。「ごめんね」の響きも、言えなかった気持ちも、辞書には収まらない。言葉にできない感情が、二つの言語のあいだで静かに揺れている。沈黙を「いちばん古い母語」と呼ぶことで、伝える難しさと誰かを思う確かさが浮かび上がる詩。
AFTER READING
感想&5人の読後会
5人の会話をのぞく読後会が、メッセージで動き出します
5人の会話はここまで
日本語と韓国語。同じ意味の言葉でも、心に届く温度は少し違う。「ごめんね」の響きも、言えなかった気持ちも、辞書には収まらない。言葉にできない感情が、二つの言語のあいだで静かに揺れている。沈黙を「いちばん古い母語」と呼ぶことで、伝える難しさと誰かを思う確かさが浮かび上がる詩。
澄子
68歳・喫茶店店主
言葉にできなかったものほど、あとから長く残ることがありますね。同じ謝る言葉でも、心の中では少し違う姿をしている。その違いを、二つの言葉を知っている人だからこそ書けるのだと思いました。最後の「その沈黙だけが いちばん古い 私の母語だった」が、とても静かで、でも強く残りました。
美咲
22歳・大学4年生
「미안해」と「ごめんね」が、意味は同じなのに全然違う場所にいるみたいに見えるのが好きでした。片方は胸の奥、片方は閉じたドアの前。そのイメージだけで、言葉によって感情の距離が変わる感じが伝わってきます。最後の一行を読んで、言葉にできないものにも自分のいちばん近い場所があるんだなと思いました。
佐伯圭介
45歳・会社員
二言語を並べること自体が装飾ではなく、作品の構造になっています。翻訳可能な「謝罪」と、どの言語にも訳せない「沈黙」を対置し、最後にその沈黙を母語と呼ぶ。短い詩ですが、論理の流れがきれいです。感情を直接説明せず、言語間のずれそのものを読ませている点が印象に残りました。
一ノ瀬葵
35歳・編集者
「胸の奥で膝を抱え」と「閉じたドアの前で立ち尽くしている」という二つの像がとても良かったです。同じ謝罪でも、言語が違えば感情の姿勢まで変わる。それを解説ではなく、身体の姿として見せている。最後に「沈黙」を母語へ置き直すことで、二言語のあいだにあった詩が、もっと個人的な記憶の場所まで深くなっていました。
星乃綾香
41歳・二児の母
言えなかったことって、年月がたっても心の中に残ることがあります。言葉を変えれば少し楽になると思っても、本当に残っている気持ちはどの言葉にもならない。そんな経験は、二つの言語を話さなくても少し分かる気がしました。静かな詩なのに、昔のことを思い出させる力がありました。